- 大切なペットが亡くなってしまった・・・
- 大好きなペットが亡くなることを考えると辛い・・・
- ペットを亡くして辛いので、もう動物は飼いたくない・・・
すごく、すごくわかります。
動物を飼ったときからある程度覚悟はしなければならないと頭ではわかっていても、きっとその時が来たら冷静ではいられません。
大切なものを失った喪失感からぬいぐるみがほしいという思いは私のネコベア作りの原点です。
今日は改めて、ペットロスとぬいぐるみについて考えてまとめてみました。
ペットロスの大きさ
ペットとの向き合い方は人それぞれですし、愛し方も失った時のショックも人それぞれです。
あくまで、ここは私の場合を考えてみます。
実は、今年の4月頃から数ヶ月今年14歳の愛猫カイリが結構ひどい体調不良で消化器リンパ腫疑いとまで言われて、私も内心覚悟した時期がありました。
毎日の食べた量や吐いた量、排便、毛艶、体重など体調に一喜一憂し
もしかしてもうその時がきたのか、それともまだ生きてくれるのか・・・
夜な夜な起きて不安になってカイリの様子を見に行っては「あとどれくらい一緒にいれるのか」と考えてしまってボロボロ泣いたり・・・
まあそんな感じなので、幸いにも現在愛猫は持ち直しましたが、カイリが亡くなった時のペットロスはなかなかひどいものになると思います。
時間が一番の薬と聞きますが、気にならなくなるまで何年にかかるやら・・・想像するだけで悲しいです(T T)
私のぬいぐるみ作りの原点
どうして私が前職をやめてぬいぐるみ作家になったのか、ということに繋がる話をしたいと思います。
私は10歳の時に実母を癌で亡くしました。
亡くなる3〜4年前から母は乳がんが再発して入院退院を繰り返していましたので、私は小学校低学年のころから電車やバスを乗り継いで母のお見舞いに行く日々を過ごしていました。
私は母が大好きでしたし、世界の中心でしたので、その時の寂しさや不安は相当なものでした。
その頃母が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれました。
私が寂しくないように・・・と思ってのプレゼントだったと記憶しています。
寂しさや不安で眠れない日々を、私はそのぬいぐるみと過ごしました。
正直、それで私の寂しさや悲しみや不安が解消されたかというと、解消はされませんでした。
ぬいぐるみは私の癒しになりましたし、母との絆になりましたが、
ぬいぐるみはぬいぐるみであって、母の代わりではないですしそれでどうにかなるレベルの喪失感ではなかったのです。
大切な家族を失った悲しみというのは、おそらく、世の中のどんな方法を持ってしてもどうにもならない問題だと思います。
しかし、その時の喪失感が今の私の基礎となりました。
私は、その経験によって「今寂しい人悲しい人の気持ちに寄り添いたい、ちょっとでも癒しになりたい」という気持ちからぬいぐるみを作っています。
人は何かにすがりたい
大昔から、人々はヒト型のものを作っていました。
日本でも土偶、仏像、地蔵などなど、何かヒト型のものを信仰の対象として作っていますよね。
仏像の美術的価値は非常に高いですし、私は無宗教ですが、神社やお寺にお参りに行くと気持ちが晴れて何かいいことがありそうな気がします。
仏教だけでなく、キリスト教もヒンドゥー教もたくさんの像や絵が美術品としてあります。
気持ちを整えるための手段として、人は根源的にヒト型の何かにすがりたい生き物なのだと思います。
そして私はぬいぐるみもその対象のひとつなのではないかと想像します。
まとめ
噂に聞いたのですが、ペットのクローンを作るサービスが海外にはあるんだそうです。
亡くなったペットから採取したDNAを卵子に入れて〜とかで、亡くしたペットと全く同じ個体を作るんだとか・・・
でも、仮にそうして誕生したペットは、見た目は全く同じでも、その子は亡くしたペットではありませんよね。
一緒に過ごした時間、思い出、二度と帰ってこない日々・・・
本当に大切なのは失ってしまったペットとの関係性にあるのではないかと思うのです。
最後になりましたが、タイトルにしておりました「幸福はありますか?」という答えは
私は「Yes」です。
人は弱い生き物です。ぬいぐるみにすがってもいいじゃないですか!誰にも迷惑はかかりませんし、今日がいい気持ちで過ごせたらそれでいいのです。
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